閉鎖から8年。あの場所のこれからを、皆さんと決めたい。
累計入場者 のべ635万人(昭和54〜平成28年度・市資料)。この数字のぶんだけ、思い出があります。
閉鎖を決めたのは、市長だった私です。
平成30年の夏、40年続いたあの場所の歴史を、私の判断で閉じました。
あのまま続ければ、老朽化した施設の修繕に億単位の費用がかかり、赤字の年には、市の一般会計——つまり子育てや医療、福祉と同じ財布から、お金を出し続けることになる。しかも施設の多くは、今の建築基準法に基づかない時代の設計で、営業を続けるほど事故の危険も積み上がっていく。そういう状況でした。
夏の歓声と、子どもたちの未来。同じ財布の中で、どちらかを選ばなければなりませんでした。私は、未来を選びました。
それからの8年間、たくさんの批判をいただきました。厳しい言葉を掛けられたことも、一度や二度ではありません。当然のことと、受け止めています。それでも、あの決断が間違いだったとは、今も思っていません。
ただ、閉鎖から8年、あの場所が止まったままであることには、責任を感じています。閉じる決断をした者には、次の景色を示す責任がある。私は、そう考えています。
「復活してほしい」——24,448筆の署名に込められた想いは、痛いほど分かります。あの場所への想いは、一人の政治家のものではありません。この街に生きる、皆さん一人ひとりのものです。
だからこそ、嘘のない約束をします。同じプールを税金で建て直すことは、しません。この物価高の時代に、皆さんの生活に回るお金を削ってまで、優先すべき建物ではないからです。けれど、あの場所を諦めることも、絶対にしません。
取り戻すべきは建物ではなく、この場所の「夏」——人が集まり、笑い声が響く風景です。
市長が地区に出向き、直接話します。批判の声こそ聞かせてください。
密室で決めません。会議はすべて公開します。
跡地は県有地。市民の声を束ね、市長が交渉のテーブルに着きます。
就任から1年で、方向性を必ず示します。
跡地が5年間動かなかったのは、誰かの怠慢ではなく、仕組みの問題です。
県の方式は「民間事業者が手を挙げるのを待つ」ものでした。しかし、土地は県有、市の関与は見えず、住民の合意があるかも分からない。投資回収の確信が持てない場所に、民間は投資できません。
順序が逆だったのです。民間を待ってから合意をつくるのではなく、先に地域の合意をつくるから、民間も県も動ける。だから私は、タウンミーティングと公開の市民検討委員会を最初の仕事に据えます。
遠回りに見えるかもしれません。しかし、バラバラの陳情は県にとって「調整できない地域」の証拠にしかならない。公開の議論を尽くした「市民の総意」こそ、県が無視できない交渉力です。合意形成は、県有地を動かす最短ルートです。
だから期限を切ります。就任から1年で、方向性を示します。8年待ちました。ここからは、待つ側ではなく、動かす側に回ります。
同じプールを税金で建て直すことはしません。閉鎖前でも修繕だけで億単位、新設なら数十億円の負担になります。加えて、40度に迫る猛暑で学校のプール授業さえ中止される時代に、同じ形が最適とは考えていません。ただし「何を作るか」は白紙です。時代に合った水辺の楽しみ方も含めて、皆さんと決めます。
決定権は県にありますが、地元の総意には力があります。バラバラの要望ではなく、検討委員会でまとめた「市民の総意」を持って交渉することが、県を動かす一番の近道です。
県の調査(令和3年)で最優秀提案まで選ばれましたが、民間事業者の手が挙がるのを「待つ」方式だったため、動きませんでした。待つのをやめ、市が合意形成を主導する。それが今回の提案です。上のコラム「なぜ、『待つ』のをやめるのか」もご覧ください。
準備を進めています。日程が決まり次第、このページと各SNSでお知らせします。
今は決めていません。それがこの提案の誠実さだと考えています。先に完成図を見せて、後から「決まっていた」と言われる進め方はしません。1年で方向性を、皆さんと出します。